オリンピックの光と影

  17日間に及ぶ世界のアスリートたちの熱戦が幕を閉じた。その成績にかかわらず、見せてくれた演技に心からの感謝と応援を送りたい。とImg_0209 かくメダルの数や色だけに気を引こうとするマスコミに対しては、少し嫌気というか反感さえ感じ始めていた。

 「オリンピックは参加することに意義がある」というクーベルタン男爵の言葉は何処へ行ってしまったのか。特に勝ち負けや、メダルの数が国威のような形で報じられることには強い抵抗を感じた。

 勝っても負けても、屈託のない仕草を見せる外国の選手を見ていると、日本人は選手たちに負担をかけすぎているのではないか。特に日の丸への寄せ書きは、戦時中の出征風景を思い出させた。もらった選手は国への責任を感じるようになるのではいか。とかくなりがちなことだが、スポーツにナショナリズムを持ち込むことはよくない。

 華やかな競技の裏には、一人ひとりの選手の苦しみや喜び、友情、コーチや応援してくれた人々への感謝など、さまざまな思いがあるであろう。

 世界の選手たちの活躍を心からたたえ、熱戦のイメージを大切に心にとどめたいと思う。選手の皆さん、本当にご苦労様でした

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長野五輪聖火リレーの無事と成功を祈る

 明日はいよいよ長野での五輪聖火リレーである。このブログでも何度か取り上げてきたが、オリンピックは飽くまでスポーツの祭典であり、そこに政治を持ち込むことは正しくない。

 Img_0195 当初出発会場の予定地だった善光寺では、会場の返上をめぐり僧侶18人の激論が交わされたが結論が出ず、6人の役員一任となり夜を徹して返上の結論を出したという(昨日の夕刊)。

 善光寺の結論は尊重したいが、毎日100通を超える中止要求の電話が鳴り続け、中には爆弾を仕掛けるという脅しもあったという。会場返上後本堂にスプレーで落書きをするという心無い人間も居た。こうした行為は絶対許しがたい。

 しかし、テレビなどの市民のインタビューを見ても、皆一様に成功を祈り、聖火が見られることを楽しみにしている。報道によると中国からの留学生が動員されているようだが、一般市民の邪魔にならない様にしてもらいたい。星野監督をはじめ、ランナーの皆さんも走ることを誇りにし、楽しみにしておられる。聖火リレーが成功するよう心から祈りたい。

 再度言いたい。スポーツと政治を混同してはならない。オリンピックは国際オリンピック委員会が主催して開くものである。

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善光寺の聖火出発返上

 善光寺が聖火の出発地点を返上した。いろいろな考え方があるだろうが、私は残念に思う。

 返上の一つの理由はチベット問題に関する中国への抗議である。

 だが、オリンピックとは一体何だろうか。これは純粋にスポーツの祭典であり、スポーツを通して平和と友好を深める取り組みである。開催地はいろいろな国の都市が選ばれる。しかし主催するのはあくまで国際オリンピックImg_0190 委員会である。そこに政治問題や宗教上の問題を絡ませていったら、オリンピックそのものが成り立たなくなってしまうだろう。

 もちろん、ある国の人権問題について抗議したり、意見を言うことは、内政干渉にならない限り自由である。しかしそれは飽くまで国際的な取り組みや行事とは別の問題であり、これを混同したらオリンピックなどそもそも成り立たない。

 いろいろな国で暴力的な聖火への妨害が行われている。楽しんで見たいと思っている人もたくさんいるのに、その人たちの人権を奪う行為は許されない。善光寺が聖火を返上した理由の中にも、国宝であるお堂や、参詣の人々が騒動に巻き込まれることを避けるということがあった。これはもっともなことだ。イギリス、フランスなどで行われた暴力的な妨害は一つのテロ行為である。政府が徹底して取締らなければならない。善光寺の心配はよく分かるが、あのようなテロ行為を許しておいたら、われわれの生活や言論もあやうくなる。

 暴力的な妨害活動を厳しく糾弾し、徹底した取締りを求めると共に、聖火リレーが平和のうちに成功することを心から祈りたい。

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